自家製井戸
2002年11月28日 私どもには60有余年涸れたことのない井戸がある此れを今回移動する事になり、水源地より遠く配管するため、いささか心配したが、今日無事出水した先ずはめでたし。
それぞれの職人
2002年11月27日 昨日から水道工事基礎工事の職人とはちょっと、おもむきの違う職人なれど、それはそれなりに仕事は、じゅんぐり好くはかどり、外回りは八分どうり進み明日は内側に取り掛かるそうです。
縁の下の力持ち
2002年11月22日 今私の所へ基礎工事に三人がきて、働いている二人は、親子もう一人は中年の、このチーム実に理想的な連携で、丁寧な仕事ぶりには、関心させられる、リーダーは若い息子、この息子決して奢らず常に謙虚な仕事ぶり、親も常に親父ぶる事なく黙々と元来基礎こうじは床を張れば隠れる場所、見えない場所だからこそ丁寧にが、此処何日かの三人の仕事ぶりから感じられ、どんな仕事も、かくあらねばと改めて教えられた感が。まさに縁の下の何とか?
予定どうり
2002年11月19日 昨日、間仕切りの、型枠が済み、今日予定どうり午前中に生コン打ちが無事済み2.3日渇くのを待って枠板をはずしにくるようです、屋敷神さんの仕上げも無事終了、準備万端と言うところ。ちなみに、今日の生コンは4.5立米を打ち込みました。
やっと
2002年11月15日 今日は、天気予報は曇り雨、心配されたが久しぶりのおだやかな天気午前中に15立米の生コンをうち余りの生コンを屋敷神さんの土台を、打つ事が出来、まずまずの一日何日か間をおいて、間仕切り枠の組み込み。下水工事もまあまあ順調といえるかな。
工事再開
2002年11月11日 片側から車がやっと、通れるようになり今日から基礎工事が再開外周りの型枠が立ち砕石を全面に敷き詰めビニールを全面に覆い、明日からいよいよ生コン車が入る段取りやっと基礎らしく。
孫によせて
2002年11月7日 家孫も明日で、ちょうど9ヶ月最近遊びにくると大人が食べていると、自分も一緒に食べるよと言いたげに欲しがり少しづつ口に入れてもらうと、皆と同じように口をもぐもぐ帰りには、愛子さまの向こうをはってか、どうか、一生懸命に手をふってバイバイを、そんな孫の成長に目尻を下げて喜ぶ我輩もやはり、じじばか、かな。
基礎工事始まる
2002年11月5日 息子たちの、新居の基礎工事がいよいよ始まったでも初日から下水工事が遅れ、家に工事車が入れない、やっと隣家の庭を通してもらい、張はりと床堀が済み、枠板は車が庭に入れる来週に日延べ、これもしょうがない下水工事の進捗の一日も早い事を願うのみ、それにしても寒さがきびしい、働く方達にご苦労さんを言いたい。
秋の例大祭
2002年11月4日 心配された天気も、晴天に恵まれそこそこの、祭りができたようだ、かっては村をあげての盛大なお祭りも昨今維持継承が大変祭りの実行委員は大変な苦労があったようだ、子供みこし、三番叟の奉納、婦人部の出店、フリーマーケット、それに今年はあらたに、鉾衝神社の由来を子供向けに解りやすく、紙芝居にして説明したのも苦労のひとつと言えよう。そんなことで今年の秋祭りも無事終わる事が出来た、めでたしめでたし。
心配な雨
2002年11月1日 私が、子供のころ、おふくろやおばあさんはよく一日降りは三日降りとよく言ったもんだ、でも11月3日は、おらが村の秋のお祭り、年寄りの言い伝えも今回だけは、当たらないでほしい、幼児から年寄りにいたるまで楽しみにしてるから今日1日の雨で終わってほしい。
初霜
2002年10月28日 昨年より10日早く平年より4日早い初霜、明日は、木枯らし一番とか、やがて盆地も名物の、空っ風が吹きまくる事だろう。季節の変わりめが早すぎて体が順応できない、これも歳のせいかな。孫達も風邪など引かないようになんて思うのは、おじいやんの、よけいな心配か。?
増えつづけるごみ
2002年10月27日 今日は、遅まきながら増えつづけるごみ、此れにはもう無関心ではいられない。そこで区民全体でごみのリサイクルに取り組もうと業者と行政による選別の講習会をした。皆真剣に説明を聞いていたようだが、実際にビンやカンを持ち寄って2、3回経験を重ねることによって、選別も徹底できるようになるだろう。これからはますますごみ問題が深刻になるばかり、食文化はごみを増やす事ではいかにも寂しいかぎりだが、避けてとうれないことだ。
地鎮祭
2002年10月26日 一般に地祭りと称し新築の敷地の平安と堅固ならんことを祈請するために行う事だそうです。祭式次第に従い、修祓の儀から始まり退出まで、諸々の儀式も、とどこうりなく終了し、移転した屋敷神様えの修祓から玉串祝詞と、これまたとどこうりなく終了、これからは無事工事が進むよう、一日も早く息子たちの新居が、完成するよう祈念するのみ。
金魚の引越し
2002年10月22日 下水工事が始まって我が家の池に水が一っ滴もこない、池には数年前に孫達が夜店で、すくった金魚が七匹もう大きいのは二十センチにも成長しておりこのままでは死んでしまう、ちょうど家に150リットルくらい水が入るステンの水槽があったので井戸水を掛け流しにしながら池から移してやったところ元気に水槽の中を泳ぎまわっている、きっと八ヶ月の家孫にも金魚の泳ぎ回る様子が解るかも。??
屋敷神様
2002年10月19日 或る事情で、やむなく屋敷神様の移動を余儀なくされ、せっかちな私は思いついたが吉日と移動に取り掛かり、嫁さんと孫が見守るなか、息子と妻と、つまりは、家中で引越し作業を始めなかなか大変な仕事に汗だく、やっとの思いで移動も終わりお供え物は右端しに塩中央に米左端しに水をお供えして、ほっとしたら、なんと今日は仏滅、どうしたものかと暦を広げたら、神仏を祭祀するはよしとあり、やっと安堵した次第、我が家のいやさかを祈願して、今日の一日が終わった。
収穫を終えて
2002年10月17日ハウスぶどうも8月12日をもって無事終了しました。早くも来年にそなえて準備が始まった、今年は2年続けて被覆資材を使ってみようとビニールはそのまましたがって土譲に冠水が必要今日はスプリンクラーで30ミリ位の冠水をした。キングデラ、ロザリオビァンコ、巨峰、多摩ゆたか、それに甲斐路を新たに加えて消費者の希望に添いたい、ご期待あれ。
農耕民族
2002年10月14日 遥か昔人間は、農耕民族(東洋民族)狩猟民族(西洋民族)と言われ菜食と肉食に分かれていたと言う、時移り文明が進むにつれ食生活はどこの民族も同じような、食べ物を食べ今、飽食の時代、グルメの時代に入った。或る学者は言う、遠からず地球は定員オーバーになる、つまり食料不足が必ずや訪れると、私は今なお農耕民族を自負しておるものとして、わが意を得たりの思い、狭い日本にして、しかり農地は減り宅地商業地が増えれば、食料不足はあたりまえ、さあーどうする子孫に大きな宿題を残していいのかな。????